89 :以下、\(^o^)/でVIPがお送りします:2014/07/18(金) 11:04:32.77 ID:fTvwJJCJ0.net

俺の携帯の進化の歴史

画面が2行以上になって感動する

漢字が打てるようになって感動する

折りたためるようになって感動する

画面がカラーになって感動する

カメラがついて感動する

テレビや動画が見れるようになって感動する

パケ放題、携帯でネットをするようになり感動する

iPhoneのタッチパネルとアプリに感動する

ここ5年感動がない
4gifs:

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(出典: ForGIFs.com)

たとえば、最近のシャーロック・ホームズの大量のスピンオフ作品は、先日米国の裁判所の判決[1]で認められたように、原作品がパブリック・ドメインになったことで可能となったものです。

(出典: wasbella102)

「ロッベンが嵐に加入したら一番年下」という何度見ても信じ難い事実

グリーン車はトラブルを遠ざける

サービスを提供するときには、「グリーン車」に相当する選択肢を用意しておくことは大事なのだと思う。

キレる高齢者に道理を説いても、それが通じる可能性は少ない。道理の受容はある種の敗北であって、高齢の人にはもう、負けを呑むことで人間的に成長する余地なんて残っていないだろうから。

「それは公平の原則に反する」という人はきっといるであろうにせよ、グリーン車に相当する選択肢を用意することで避けられるトラブルは多いのだと思う。グリーン車は、対価を支払ってでもそれを必要とする人にだけでなく、それをいらないと思う人にも理性を喚起する効能が期待できる。

お店を開いている限り、横車を押すお客さんをゼロにはできない。閉店間際のラーメン屋さんで「ステーキ作れよ。料理人だろ」と言う人に、「うちにステーキはありません」と突っぱねればトラブルになるし、同じ文言を最初から貼っておいても結果は変わらない。文言をたとえば、「ステーキできます。1万円です」と変更すると、理不尽に対するある種の抑止が期待できるようになる。

何かを求める人に対して「できない」という返答を返すと、それを呑んだお客さんは負けることになる。負けたい人は少ないだろうから、結果として掛け金は釣り上がる。

よくある理不尽に対して、あらかじめ値札を用意しておけば、たとえばお客さんは「この店のステーキに1万円の価値などありえない」と、お店の値札を値踏みする。値踏みは勝利への道程で、勝つ目を見た人は理性を取り戻す。

「お客さんの財布から可能な限り多くのお金を引きずり出す努力」というものが、結果としてその場で感覚される不快の可能性を遠ざけてくれるのだろうと思う。

新生児にミルクをあげてて、誘惑に駆られるのですよ。スマホ、見てぇな、と。

もしかしたら誰かがFacebookで「いいね」してくれてるかも。誰かがリツイートしてくれてないかな。ミルクあげてる時、ぶっちゃけ暇だし。

しかし、これはイカンのですよ。
というわけで、自分に言い聞かせる意味も込めて、トッド・リズリー(Tod Risley)とベティ・ハート(Betty Hart)の研究(http://p.tl/m8Ka-)についてご紹介します。

研究者のリズリーとハートは、生後2年半までの子どもに、親の語りかけが与える影響を調査したところ、親は1時間に平均1500語の言葉を幼児に語りかけることが分かりました。また「おしゃべりな(talkative)」親(大学出や専門職が多かった)が、平均2100語を語りかけるのに対し、言語環境が貧しい親(低学歴の人が多かった)は、1時間に平均600語しか語りかけないことも分かりました。

そうすると、その差は生後30ヶ月間の累積で、おしゃべりな親の子どもは平均4800万語を語りかけられたが、不利な環境の子どもはその3割弱の1300万語しか語りかけられない、ということになるわけです。

で、リズリーとハートは、その子どもたちが学校にあがってから追跡調査をかけました。すると乳幼児期に子どもたちに語りかけられた言葉の数は、成長してからの読解力の試験の成績と、強い相関があったのです。

ここまででも結構すごい発見なのですが、更に面白いのは、彼らが「語りかけの質」に注目した点です。実はただ単に何かを語りかければ良い、というわけではなかったのです。彼らは研究の途中で、親と子どもの間で行われる会話には、大別二種類あることに気づきました。ひとつは彼らが「仕事の話(business talk)」と名付けたもので、例えば「やめなさい、危ないでしょ」「早く車に乗りなさい」等と言ったようなもの。

もう一つは、彼らが「言葉のダンス(language dancing)」と呼ぶもの。くだけた感じで思ったことを口にし、まるで大人と話しているような言い回しで話し、問いかけます。「今日は青いシャツが良い、それとも赤いシャツにする?」「ママったら、前にあなたの哺乳瓶を間違ってオーブンに入れちゃった時があったよね」というように。

実は後者の方が圧倒的に子どもたちの認知発達に大きな影響があったのでした。意外なことに「余計なおしゃべり」の方が勝ったわけです。「仕事の話」は、「直接的で時制は今、場所はここ」に限定されていて簡素すぎ、言語的「豊かさ」に欠けている一方、余計なおしゃべりに見える「言語のダンス」は、現在形だけでなく過去形や仮定形、場所もここだけでなくそこかしこであるため、言語的に非常に豊かであるためというのが彼らの分析です。

さて、私達親が受け取るべき示唆は、子どもたちは、親と喋れるようになるずっと前から、親の語りかけの影響を受けている、ということです。

更にここから社会的に重要なレッスンを導き出せます。リズリーとハートの研究は、認知的優位性の鍵が「言葉のダンス」にあるのであって、収入や民族性、親の学歴などにあるのではないことを示しています。

リズリーとハートによると、低所得労働者でも、子どもにたくさん語りかけた人は子どもの成績が非常によく、裕福な実業家でも子どもにほとんど語りかけなかった場合、子ども成績はとても悪かったそうです。

説明が長かったですが、「ながら授乳」の良くない点は、子どもの認知的発達を促す「言葉のダンス」を阻害するから、ということになります。

逆に、この僕の一語一語が、この子の心の栄養になっているのか!と思えば、たとえ反応が返ってこなかろうが、へっちゃらさ。

なんて思いながら、今日も僕はマシンガントークでミルクあげをするのでした。
「なぁ、息子よ。俺と『言葉のダンス』を踊るかい?」

参考図書
日本語だと、「教育×破壊的イノベーション」(クリステンセン)に上記研究について言及があります。http://p.tl/uN6t-